旧式・オンになれ!

2021年4月から週一で再開しました。主に一週間の出来事や適当な雑感を強引にまとめています。メインブログは気を遣って書いているけど当ブログは本音丸出しだったりします。

カテゴリ: 被災

明日は東日本大震災から5年です。


テレビや新聞も、震災関連がテーマになった記事や放送が増えています。

被災した人はこのことは忘れはしないですが、震災の影響を受けた場所を知っておくのは震災を身をもって知らない人達に伝えるには必要だと思います。

自分の住んでいる場所が、どこまで被災したのか?無事と思われる場所はどこなのか?考える機会にする日でもあると思います。

被災した側としては、毎年3月11日になると、震災関連の事を思い出してしまい、震災当時に気持ちが巻き戻されて、悲しい気持ちに戻されるので被災地に住んでいると色々思うところがあります。

学校なんかは3.11集会みたいな震災関連にちなんだ行事があるので、下の子供はその日は「学校に行きたくない」と言います。

普段強気な子供だろうが心の中では、いくら震災から5年経とうとも「思い出したくない日」であることは間違いないわけで、当時の思い出を語り、自分の理想や決意を述べるような学校行事的な集会は本当に必要なのか?・・・・と、個人として疑問に思うわけです・・・。親としては、この集会がどんな内容なのか見たことがないので子供に聞いても、おそらく震災の事を話すことでストレスになるだろうから聞きませんが・・・・。






震災から3年経ちまして私的ながら、被災後の仮設住まいから新居に引っ越しが出来ました。

あまり「被災者」という言い方を使いたくないし自覚したくもなかった自分ですが、一歩前進できたからといえども被災したという事は事実であるので決してその経験は無かったことにはできないし、忘れもしないでしょう。色々あの時こうしていればもっとどうにか出来たかもしれないと悔いがある反面、自分の中では、あれで十分だったから今があるとも考えたり・・・。悔いがあれば忘れることもない訳だし、もっと最良なことも考えていくことも出来るかも知れない。自分が大それた人間でもないと自覚して毎日の生活をとりあえずこなしていく。今日は良い日だ悪い日だ、出来が良い悪い・・・毎日そんなことの繰り返しで、それでもどうにかこなしていく。自分の能力の範囲以上のことは出来ないし、あれもこれも手を差し伸べられる余裕のある役立つほどの大した人ではないし。「やってあげた」と上から目線になりたくもない。被災者、被災地の為に様々な善意に感謝します。でも自分があってこその他人への善意な訳だから無理のない程度で十分だと個人的に思います。

これからも色々と立ち直らなくては・・・。




この日が来ると切なくなりますね。

テレビや新聞等は震災関連の事を特集していて、色んな人がそれらを見て残念な思いやら、悲しい思いになったりしているのだろうと思います。

被災地に多方面からの善意を寄せてくださる皆様ありがとうございます。


そして、改めて震災で亡くなられた方々にご冥福をお祈りいたします。



今日で東日本大震災から一年経ちます。


今日は追悼式に行きました。

被災地は、まだまだこれから色々な問題もあり、先が長そうです・・・。


亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。



もうすぐ震災から1年。

テレビ等では震災関連の特集をするのでしょうね。

・・・と、いうことでブログも真面目な読書感想を久々に載せるとします。少しの時期ですがね。


今年もそろそろ終わりですね。早いです。何か色々と出来事がありました。震災とか、子供のトラブルとか、病気とかありました・・・。


特に印象に残ったことは・・・
○震災・・・春のブログでも書きましたが、津波が家に直撃したという一生のうちにそうそう体験しない出来事が起きましたね。家建てて3年くらいしか住んでなかったという(これ書くと何だか動悸してくるんだが)。後から見に行った時は周りの家が跡形もなくなってたし。振り返ると避難した当日に不気味なくらいに自分が飄々としすぎた為に変な人だと思われたような気がする(苦笑)。みんながっかりしてた人が多かったし・・・。涙も出なかったしなぁ。生きて逃げてくるのに精一杯だったのに生きてたら生きてたで中途半端に残っていた家が気になり、後で「○○は持ってきたか?」とかこっちに聞いてくるし、「クソ、避難した時の荷物の準備が良かったからといって(←うぬぼれか?)あんまりこっちに聞いてくんなよ?何でもこっちが完璧に何もかも持ち出せたと思うなよ・・・?」と口には出さないが軽くカチンときたり・・・。避難する時に持ってきたはずの通帳が行方不明になった時のことに関しては銀行に用事があったときに違う袋に入れてたんだが、ないかもしれないと勘違いした時には「なかったらどこかに消えよう」と(←説明すれば長くなるので省略)一瞬思ったりと、あの時期は嫌な思いしたなぁ。被災した家に泥棒に入られたとか、被災してない人の家に世話になったらなったで肩身が狭い思いをしたりとか・・・。人それぞれ状況は違うけど「散々だった」一年でした。これからもまだ先は長そうですが。自然様のことなんかちっぽけな人間にはどうすることも出来ない場合だってあるのだとつくづく思いましたよ・・・。歴史的に見て、今住んでいる場所が危険な場所だとしたら家の保険に入りましょう、としか言いようがないです。


○我が子のトラブル・・・震災で「お腹が痛い」「頭が痛い」と言ってたので病院によく通った。実家から小学校までの道のりが瓦礫の風景だったので車中から毎日見ていたせいもあるな。子供には瓦礫になった自宅付近には連れていかなかった。もう一つのトラブルは同級生関連でした(←7月のブログに細かいこと書いたような)。

○自分がバセドウ病・・・仮設に引っ越した後に住所が変わるせいで店とかの会員カードの住所変更の時に不覚にも文字を書く手が震えるので「精神の病か?」と調べた。体重も急激に10キロは痩せたし、動悸はするし、家にいてもすぐ横になりたくなる現象が起きる。病院で血液検査をしたらバセドウ病という診断。薬で過剰な甲状腺ホルモンを抑える治療を続ける。何もしてなくても全力疾走している状態。自分の場合は首が腫れているので腫れがひくのはいつなのやら・・・。2ヶ月薬を飲んだ頃からだいぶ楽になってきた。


・・・ま、そんな感じで2011年を振り返りましたが、来年は「マシになれ」という思い。中島みゆきの「泥海の中から」という曲かやたら思い浮かぶんだが(←学生の頃この曲よく聞いてたせいだ。て、どんだけ渋い学生なんだよ?この頃はTRFとか聞くでしょっ?)

最近仮設住宅の駐車場が満車になっています。

基本的に仮設の部屋一つにつき車は一台なのですが、他の部屋の人が二台以上車がある為に自分の車を停める場所がなくなってしまう問題があります。
仮設に住んでいる人は会社勤めをする人が多いのですが、残業で8時過ぎに帰ってくると車を停める場所がないという問題に困っているのです・・・。

駐車場は一部屋一台分の枠をロープで区切っているのですがどこがどの部屋の駐車場か書かれていないので各部屋の人が好きな枠に停める仕組みです。
なので駐車場の枠に番号も書いていない為に皆が自分の車を停める枠に部屋番号を書き始め、旦那も地面に書いているのでした・・・。
自分の考えとしては「タダの駐車場なんだから空いてる場所に停めればいいだけじゃないか!?」といちいち駐車場の枠に番号を書くことに理解できずに言い合いになったのでした。
「停める所がなくなるから書く」という旦那の言い分に理解しないのでバカ扱いをされたのでした。

個人で駐車場の枠に自分の部屋番号などの印を書いても夜はその番号すらわからないし見えないし、仮設の皆が番号を書いていることすらも知らないのです。
そのうち他の人も真似をして枠に自分の部屋番号を書くといった流れになるかもしれない。
そうするならばきちんと部屋の番号順に書かなくてはだめだよなぁと思ったり。
挙げ句の果てには駐車場の枠内に自転車とかタイヤとか置いてキープしている人までいる。
皆が認識されないうちに一部の人が駐車場の枠に一方的に番号を書いていることに複雑な気持ちを持つ人もいるだろう・・。

何が駄目なのかというと、仮設の人達で話し合わないでそうするから駄目だと思う訳です。
二台の車がある人は二台目は枠に止めなければいいし・・・。
ホントにめんどくさいことになって困る。そんなに自分らの仮設生活悪くしたいのかね?駐車料金もない場所にか・・・?縄張り意識か?タダの仮設暮らしの代償がこれか?仮設に入ったら住民達のいざこざが待っているってこと?

全くもって勘弁してほしい・・・。

震災に遭ってから自分の家がなくなり、今は「束の間の休息」として仮設住宅のお世話になっています。


家のローンは保険金が震災に適用していたもので家の値段の半分おりることになり、助かりました。家の半分の金額がおりてもまだ借金はあるのですがね。家を建てる時はなるだけ頭金をためるという教訓が身に染みました。

今回の震災による津波で家が根こそぎ壊されるとは思っていなかった方が多数だったみたいです。でも、自分の住んでた場所なんか、昔津波が来たことがあった場所だと近所の人から聞きました。それなのに、旦那のおかーさんは「こんな津波は1000年に一度なんだし、しばらく来ないからまたここに建てればいーんだ」とか気楽に言ったことに、「・・・次の津波がいつ来るか分からないし、津波とまた追いかけっこする程物好きじゃないし、子供達や未来の孫にこんな津波にびくびくしながら住めと??その資金はだれが貯めるんですかぁ〜?」・・・と心の中で思いましたさ。


最近考えるようになったのですが、借金してまで持ち家に住むことになんの価値があるのか?と思い始めています。持ち家があっても自分が落ち着けない家なら無駄なことじゃないか?税金も発生するし、賃貸のように住んだ分だけ払う方が合理的だし、簡単に引っ越せるし賃貸のほうがいいんじゃない?・・・と言えば多分また旦那とかに変な顔をされるだろうけども。


持ち家だとずーーっとそこに住まないと駄目だという束縛感が嫌なんだね、自分の場合。一ヶ所に留まったことがないので引っ越しして色々な場所で住めると思うとワクワク(笑)してくるんだけどもなぁー!マイホームにもとから夢を持っていなかった自分ですが(←おい)、持ち家はステータスなのでしょうか?分からなくなってきた。ローンまで組んでか?


壊れた家の毎月の値段が40万という計算だ。土地はおかーさんがいつのまにか買ってたので土地の値段は含まない。
「壊れた家の毎月の支払いが前住んでたアパートの一年の家賃か!」と、壊れた家にツッコミを入れてしまう・・・。悲しい。


しかし、家を建てるのはこりごりだと自分は思っているので間取り考えるのめんどくさい・・・。


実家暮らしを終え、仮設住宅に入居しました。

仮設は4〜5畳の続き部屋が2つ繋がった間取りです。なので私達(旦那、自分、子供2人)と旦那のおとうさん、おかあさんとは別に住んでいます。

住民票移動は住んでる部屋は違くても、今までの人数分まとめて移動。旦那が世帯代表でおとうさん達も引き続き扶養することになりました。扶養とはいえ、生活はそれぞれですけどね・・・。

仮設が決まって一安心。
仮設には必要最低限の家電、生活道具が揃えられ恐縮してます・・・。赤十字、ワールドビジョンジャパン様、その他のありとあらゆる善意が詰まっていると思いました。感謝します。

地震、津波で住居がなくなったばかりにこれまで色々な事を考えたりしました。仮設に全員同じ部屋だったら家のことは仕事場を失ったおかあさんにまかせて、自分は都心付近に行って働こうと考えたりしました。家事する人が二人も要らないでしょ?という自分の考えなんですがね。被災地には職はないだろう、なら、新たな不動産資金を貯めるなら都心だ!と気持ちだけは暑苦しくなっていた訳ですが、仮設にそのおかあさん達と別々に住むことになったことにより、自分勝手な計画はお流れになりました・・・。どんだけ自分は色々な場所に住んでみたいだろうか?仮設住宅という新たな住みかを得られたので新鮮な気分です。どうせまたどこかに引っ越しするんだから荷物は増やさないようにしたいものです。


ぼんやりしていた震災直後と比べ、二ヶ月経つと現実的なことを考え始めなくてはならなくなりました。自分特有の極端な目標や考えだけで自分の気持ちの中だけ「あ〜でもない、こ〜でもない」と考えて「煮詰まっている毎日で健康に悪いから行動したほうがいいんじゃないのか?」という思いと、自分の周りの現実と比べて「やっぱり無理だ」の繰り返しです。こんなんじゃ白髪が増えるなぁ。震災前も家に居るだけの自分の一生を「あ〜でもない、こ〜でもない」と不安な気持ちを持っていたのですがね・・・。変な話、震災が自分のチャンスだと一度でも前向きに思ったのです。自分はおそらく同じ場所に落ち着きたくない引っ越しばかり縁がある人(?)なんじゃないのかとも思ったりします。あーあ。でも次の住所は仮設住宅の予定なのでまた引っ越しです。荷物運びまた面倒です・・・。次の仮設住宅に引っ越すと自分の引っ越し歴9回目だ・・・。

仮設住宅から出たら、自分としては津波が来ないような別の場所に住みたいのですが、そうなれば自分も働かないと理想の住居を確保出来ないと考えていますが、マイナス思考ばっかりだとまた地震がきそうなので自分の気持ちを丁度いいテンションに保つことを心がけてます。


震災後、同じ津波被害にあった人達に近況を聞いたり話したりするようになると被災者を取り巻く現実や問題が分かります。


周りの被災した人達の状況や悩みとして・・・・。


○最初だけ気の毒がられる。
○次の住居の引っ越しを簡単に強いられる。
○仕事がないのでアパートを借りることが出来ない。
○仕事場は被災していないけど家が被災して住めないので避難所から通う。
○市の住宅は学校に通う子供がいる家族より高齢者優先。
○実家、親戚の家で「被災者がいるから支援物資を貰って当然だ」と不満をもらされると自分は避難所に戻った方がいいのではないかと感じる。
○嫁に行った娘が被災し実家に世話になっている場合、被災者給付金などの話になると親に不愉快そうにされる。
○被災していない人は物事を簡単に言う。
○避難所に短気な人がいると周りが嫌な気分になる。
○被災者の為に色々と働いている人も被災者だと知らずに個人的な怒りをぶつけたりする人がいる。
○被災した壊れた家に泥棒が入った。


・・・と、いうような話がありました。皆が大変な思いをしています。自分は避難所にいないけど旦那やその両親から時々支援物資を貰えます。でも、被災者を世話している家の人達も被災者と同じなのだと思います。そこの所も国や市などが配慮してくれたら被災者が気まずい思いをしなくて済むのではないかと思います。被災者なのに避難所に物資を貰いに行くのをためらって遠い身内から物をわざわざ送って貰っている人もいます。避難所にいない被災者と、その世話をする人達に支援が受けられるようにしてもらえたらどんなに良いかと思うのです。自力で地元を離れて生活する決意をした被災者も支援が受けられたら高い費用で建てられる仮設住宅の数も少なくて済むのではないかと思います。

それに被災者ばかりが大変ではないです。行方不明の方達の捜索を毎日している自衛隊員、原発に携わっている方達だって相当しんどいと想像します。自分に例えれば、もう住めなくなった家を見たくない、津波が来たここに住みたくない、海がない所に逃げたい、一人になってひきこもりたい、そんな気分になる。そんな自分なんかに比べたら、長期戦で辛い思いをしている方達が何倍も辛いことだろうと。

自分は実家に世話になっていますが「迷惑なんだろうなぁ」と思える場面が多々あります。でも「家に帰りたい」と思っても家がないので悔しいです。


今もなお、自分と子供達は自分の実家に世話になっています。震災約一ヵ月半か・・・。まさか嫁に行った自分が再び実家で暮らすとは思いませんでした。ありがたいです。

震災後、津波で家が壊されたとはいえ、二階の服や自分の趣味である未練がましい漫画道具とか、見られるとエロ本を親に見つかった人の気持ち(←なにこの例え)と同じくらい恥ずかしいものが流れなくてホント良かったと思ったりしました。回収できてひと安心。私物は全部運び切れず諦めたものもありましたけど。最近家が解体されたので人に見つかったら恥ずかしいような私物もガラガラと瓦礫と混じって無残なことになっていると想像・・・。旦那のおとうさん、おかあさんに自分の趣味がばれたかと思うと・・・。こんな未練がましい嫁ですよ。ごめんなさい。なので今になって思うと。自分が死んだら落書きで描いた漫画が見つかってしまったら死んでも死にきれないだろう。それに家族やら我が子達や実家の親にも自分が死んだら後味悪かろうし、というのが自分の場合の正直な気持ちです。失笑ですよ。「くだらない」理由だとしても、自分の過去に残した手帳やら日記やらもあったので、他人様にとっては「あんな物」のおかげで良くも悪くも諦めなかったような気もします。ある意味見つかって恥ずかしいようなものが全然なかったらの場合が危なかったかも。人でも物でも、自分にとって「世話がやける存在」があるのとないのでは津波から逃げ切って生きる気合いが違うのではないかとも思いました。自分の話はくだらないですが、だからといってきれいごとを言うような柄ではないので〜。


話は変わって、震災関連の話題でテレビで被災した人の悲しい話を見ると「何でまた、震災や津波の嫌な思い出を蒸し返させるような話をさせるんだろうか」と勘弁して欲しい気分になります・・・。避難所で被災者の身の上話や学生の子の友人が転校して離ればなれになったとかの話をテレビが映したり、政治家に不満を言う人達とかを見ると微妙な気分になります。これらを見ると東北の人は大体の人が地元が好きなんだなぁという印象が残るのです。自分も東北人ですが、自分だったら街中に住みたい。自分がもし単身者だったなら寮付きの職場に出稼ぎでも行くと思う。でも、被災した人で、職場はあっても家がないか、何処にでも行く気になれるけど無職、という極端な状況の人がいるんだろうから難しい。しかも子供がいれば転校なんかしたがらないし。高齢者がいる家族だっている。家族の数が多い場合、みんなの意見を一つにまとめるなんて難しい気がする。ついでに言えば政治家に決断力がない云々言ったりしますが、そんな人こそ自分の家族はまとまってるのか?と逆に思ったりします。多分、家族間でも「あーでもない、こーでもない」と、揚げ足取ったり、試行錯誤じゃないのかと思ったり・・・。価値観も人それぞれ違うから難しいんです。

最近の自分の現実逃避は、都心の賃貸物件をケータイサイトで眺めることですが、地元のアパート空きが全然ないし、田舎のくせにやたら高いし腹が立ちます。

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